施し

マニラ世界遺産のサンオウガスチン教会で、美しい花嫁さんを見て道路に出たところ、裸足の子供が寄ってきました。足早にその場を離れたら、もう一つの見どころのカーサマニラに行きそびれてしまいました。早く逃げたいという気持ちが、観光目的を逃してしまう結果となりました。

私が小さい頃は、街中で白装束の傷痍軍人がアコーディオンを弾いている姿を見かけました。しかし今の日本では、物乞いはめったにいませんし、いてもお金を渡す人を見たことがありません。

しかし欧州の街中では、頻繁に出会います。病気がちや貧しい身なりの人だけでなく、若い女の子が、旅行代金を稼ぐためか空き缶をもっている姿も見ます。教会出口や、駅構内で、空き缶を振りながら小銭を要求されることが良くあるし、小銭を渡している姿もよく見ます。

まだ行っていませんが、インドやエジプトでは、バクシーシ(喜捨)と言って小銭をねだってくるということです。キリスト教やイスラム教では、富める者が貧しい者に施しを与えることは当然の義務で受け取る側も権利があるとのことです。

仏教も同じ考えがあると思いますが、どちらかというと施しはお寺やお坊さんへのお布施という形となります。日本でのチャリティーや募金行為は、宗教上の理由というより、困ったときはお互い様という社会道徳の意味合いのように見えます。

似たような習慣に、TIPや心づけがあります。こちらはサービスへの対価ですが、施しの意味合いもあります。これも日本人にはなじみがなく、自分も苦手です。

あるカード会社の調査によるとアジア国のTIPの習慣について、タイ89%、フィリピン75%と高いのに対して、韓国13%、日本は3%と低い値となります。TIP率が高いタイは熱心な仏教国で、フィリピンは東南アジアでは稀なキリスト教徒国です。一方、日本の神道には「貧しい人を救いなさい。」といった具体的な教義はないと思います。

以上のように、施しの習慣の有無は、その国の経済事情によるのではなく、宗教と国民性で大いに異なります。